私、高橋左衛門佐は長月の陽気に誘われ、久しぶりに愛馬「奈伊斗」号に跨り、
堅城で有名な忍城の視察に行った。
天正十八年(1590年)小田原の役。
豊臣軍対北条軍の合戦 太閤秀吉天下統一総仕上げの戦である。
忍城(おしじょう)、後に大注目される事になる小田原城の一支城である。
城主・成田氏長は小田原城にて篭城。
成田氏長の家臣と農民ら3,000の兵は忍城に立て籠もった。
豊臣方の忍城攻めの総大将は治部(石田三成)。
治部は、本陣を忍城を一望する近くの丸墓山古墳(埼玉古墳群)に置き、
近くを流れる利根川を利用した水攻めを行うことを決定し、
総延長28キロメートルに及ぶ石田堤を建設した。
しかし忍城はついに落城せず、結局は小田原城が先に落城したことによる開城となる。
こんにちはでござる。長月はばたばたしており、なかなか更新が出来ずであった。
琉球編が長くなってしまい、武蔵編、肥後編の記憶がかなり薄れてしまった。なにせ文月と葉月の話である。明日から神無月であるが、とりあえず武蔵編から始めたい所存である。来月にまた会おう。ではさらばじゃ。
私、左衛門佐は、一応数多くの修羅場をくぐってきたつもりである。その左衛門佐の勘が働いた。実はそれが今回の琉球見聞のきっかけである。
今回の旅の真の目的は、世間を騒がせている普天間基地の視察。今回の旅での宿は、普天間基地のそばであった。我が居城も入間基地のそばということで、現地の人々はどう感じているのか、どれ程の騒音などがするのか実際にこの目で確かめてみたかった所存である。
実際に基地のそばを歩いていた通行人や馬車の運転手、お店の店員などに話を聞いてみた。
「ここ何年も軍用機が飛んでいるのを見ていない気がする。」
「たまにヘリコプターが飛んでいる程度だよ。」
「普天間基地には、飛行機が駐留していないのでは?」
・・・。やはりそうであったか・・・。これだからマスゴミは・・・。やれやれ。
大手新聞やTVなどの大マスコミが報道している内容は、必ずしも真実を本当の事を報道しているとは限りません。
マスコミは利権やしがらみ、政治的な力、外国からの圧力等々により、真実を歪めて報道する事が多いので、自分の目で確かめる事の大切さ、物事をきっちり考える事の重要さを知る旅となった。
長くなったのでそろそろこの辺で。
高橋左衛門佐「諸国見聞録」琉球編 完。